「切磋琢磨」に変わる言葉がほしい。

Posted on Posted in ナム哲学, 日々の徒然

「切磋琢磨」という言葉が、、、昔っから、とっても、苦手です。

高校3年生のとき、副担任の先生が、よ〜く口にしておりましたが、「うーーーーん。」って、いつも思ってました。

 

意味:学問・道徳に励みに励むこと。または、仲間同士励まし合い、競争し合って向上すること。

 

・・・この、「競争し合って」という部分が、どうしても苦手に感じるところです。

お互いが、身を削り合っているような、激しいエネルギー。闘争のエネルギー。

 

20160528_ishi

「いたいよ〜!」って、石ころたちがいってるような。

 

ただ、周りに志を同じくする仲間がいて、それぞれ頑張ってて、努力したり、励ましあったり、助け合ったりするってのは、

本当にとても素敵なことだと思います。

 

 

1年半くらい前から、大体欠かさず、週1でバレエのレッスンに通っています。

私は、大人になってからダンスを始めたので、とにかく、、、難しい。

 

バレエは能や狂言みたいに、「型」の組み合わせで踊りが成り立っているのですが、、、まぁ、その「型」を正確に美しく行うのも難しいし、組み合わさったときに順番も覚えられないし、まぁ、とにかく初めてやることは、難しいです。

 

ただ、それが大変なばかりか、というとそうでもなく、難しいことも、大変なことも、すべて楽しい。

踊れることは、喜びなのです。

 

できなくても。

 

基礎のクラスなので、教室には、私と同じように大人になってからバレエを始めた人もいますが、

「小さい頃にやってました。大人になって、また始めました。」

といった人もいて、そうすると、やはり全然違います。

身体の形、足が長くて細いし、美しい動きが染み付いています。

 

踊るのはほかでもない「自分」ですから、自分を踊らせるためには、比べていても仕方がなく、ひたすらに、自分に集中していきます。

 

ただ、コツコツ続ける中で少しずつ、少しずつ、できるようになってきて、

順番も覚えられるようになってきて、

そうすると、少しゆとりを持って周りを見ることもできるようになります。

 

そうすると、ふと、周りにいる上手なヒトも、

間違えないように、みんなが右をやっている間に左のフリを予習していたりして、「なるほど、こうやって、間違えないように、しっかり努力しているんだ。」と、その努力の仕方が真似できるようになったり、

また、さらにいうと

上手なヒトも、下手なヒトも、

みんな「もっと踊りたい」「もっと美しくなりたい」「踊るのが楽しい」って気持ちは一緒なんだなぁと、勝手に

「みんな仲間なんだな〜!」

という気持ちがわいてきて、

レッスン中にみんなが頑張っているエネルギーに自分を繋げて、

自分が広がっていくようなイメージで、さらに自由に踊れるようになってきて、さらに楽しいです。

 

 

自分が踊るためには、自分が気付いて、自分で動かさないと、そのようにはなりません。

「膝をもっと伸ばそう」とか。

「腕は丸く」とか、

「つま先は地の果てに突き刺さるように」とか。

 

普段しない動作のひとつひとつを、自分の筋肉に働きかけて、動かしていくわけです。でも、それをしていくと、少しずつ、身体が覚えてきて、自分に働きかければ働きかけるほど、身体はどんどん開発されて、動けるようになっていきます。

 

今から「プロのバレリーナ」になることは難しくても、

今より「バレエを上手に踊れる」ようになることはできる。

 

バレエでヒトから拍手喝さいを浴びることはなくても、

自分自身には、大きな拍手を送れる。送れる!そして、踊れる!!

 

そして、この気持ちを周りの人と、共有できる!!

ブラボー!!!

「これぞ、切磋琢磨」って言われたらそうなのかもしれないけど、、、

 

もっとたおやかに、豊かに、広がり、繋がるようなイメージの言葉を新たに作ってはどうでしょうか。

20160528_asahi

「互磨力繋」

互いに磨き、エネルギーが繋がり合う様子。とか。

 

だめ?

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