先日のブログで、
お金に関するエネルギーの話を書きました。
「お金」に宿っている、愛や、夢や希望や、勇気などのパワーを認識することで、いいお金が入ってきますよ、という内容です。
そして、具体的なお悩み相談として、「お金」に非常に密接な「仕事の悩み」についてを取り上げました。
いざ起業だ、転職だと動き出す前に、しっかりと、
自分が志す未来はどこにあるのか、どういう生き方がしたいのか、
理想のイメージをしっかり持つことから始めましょう、という内容です。
理想のイメージを描く前に、
何が自分にとって「辛い」「不満がある」のかを
正確に把握しておくことも、大切です。
もう二度と、同じ悩みを繰り返さないためにも。
では、「今いる仕事環境が、辛い。不満がある・・・」などという思い。
これは、仕事環境に限らずですが、一体何が原因なんでしょうね。
表面的には、
「上司が」「会社の方針が」「お給料が」「同僚が」・・・etc
いろいろな理由があれも、これもと思い浮かんできますが、
本当に、本当に、それが理由でしょうか?
私たちは、心で感じていること(潜在意識が認知していること)というのは、適切な言葉を与えてあげないと、顕在意識上へ上げることができません。
巷を見回せば、やはり聞こえてくるのは
「上司が」「会社の方針が」「お給料が」「同僚が」
「安定が」「将来性が」「昇進が」・・・etc
などという、すでに言葉になっている分かりやすいこと、ですよね。
こういったことも、もちろんきちんと確認していった方がいいですが、一つ、確認の価値判断に入れておくといいなぁと思うのが、
今いる場所や人間関係が
「闘争のエネルギー」を使って成り立っているのか、
「協力のエネルギー」を使って成り立っているのか、という点なんです。
私たちは、幼い頃からあまりにも「闘争のエネルギー」にさらされてしまっています。
闘争を仕掛けられ、自尊心が欠如
「お兄ちゃんは数学が得意だったのに、あなたはからっきしダメね。」
→数学ができない私はダメなんだ。
(学校の数学ができなくても活躍できる場面はいくらでもある。そんなことで、人生ダメになったりしない。)
「山田さん、ピアノコンクールで賞をとったそうじゃない。あなたも見習って、もうちょっと練習したら?」
→ピアノが上手に弾けない、好きになれない私はダメなんだ。
(ピアノがすごく上手でも、ピアニストとして活躍できる人なんて実はほんの一握り。弾けなくても、そんなことで、人生ダメになったりしない。)
やがて、
「同僚は、会社で新事業を任されて活躍している。新聞や雑誌で取材もされてて、なんだか今勢いにのってるようだ。それに比べて俺は・・・」
(新事業を任されなくても、会社内に意義のある仕事はたくさんある。そして、さっさと家に帰って、充実した家族の時間を楽しんだり、気になる講座やイベントに申し込んで時間を使い、さらなるビッグプロジェクトに参画できる自分になることもできる。)
「S美は、美人だし、仕事もできるし、プライベートも充実してて毎日楽しそう。それに比べて私は・・・」
(S美の人生と、自分の人生は全く別物。自分の仕事に向き合ってがんばったり、充実したプライベートの時間を持てるようにイベントや催しにチャレンジしたり、色々と人生を楽しくするチャンネルはいっぱいある。)
闘争を仕掛けることで、承認欲求を満たす
「バレンタインデーで、チョコレートを10個もらった。あいつに勝った!」
→チョコレートの数で、人の価値が決まったりはしない。異性からの「あなたが好き」という純粋な思いは、勝ち負けを決めるためのものではない。
「今度の遠足、新しい水筒買ってくれないとヤダ!みんなに自慢するんだもん!」
→水筒は、みんなが褒めてくれなくてもお茶が飲めればいいのだ。さらに、メディアやメーカーがしかける消費活動に、まんまとハマっている。いつまでたっても「新しい水筒」が欲しくなって、満足することはできない。
闘争とは、つまり、オリンピックの世界です。
「金メダル」が一番偉くて、「銀メダル」が次に偉くて、「銅メダル」がその次に偉くて、4位以下は、なんだかとっても残念な“アレ”です。
自分と周りにいる人を、縦の関係に並べて、価値判断をすることです。
個人の中だけではなくて、企業や学校や、メディアはもちろん、家族生活の中にも、巧妙にこの「闘争」が組み込まれていたりします。
「30歳までに結婚しないと、負け犬。35歳を過ぎると市場価値はほとんどない」
とか、
「年収600万円以下の人と、それ以上の人の結婚率はこんなに違う」
などと、数字でラインを引いて、「勝ち」と「負け」を定めるなんて行為もそうです。
「こんなに私が一生懸命家事をやっているのだから、同じように取り組んでほしい。」
と、相手に自分と同等の労力を求めたりすることも。
え、ちょっと待って。家事を夫婦が同じように分担して家庭を回していくことは、当然ですよね?当たり前のことなのに、なぜこれが「闘争」になるのかって?
「夫婦が家事を同じように分担すること」自体は、「闘争」ではないのです。「協力」です。
ただ、この場合、相手に対して「ある一定の水準」を強いるエネルギーが働いていて、それは、
「英語で80点以上取らないと、許さない!」と言ってるのと同じことだからです。
職場でも、このエネルギー使っている人、多いかもしれません。
「あの人は何をやってもトロい。おかげで、私の方がこんなに仕事をいっぱいやってて大変。あの人にもっと働いてもらわないと気が済まない。」
とか。
あとは、
「おれが養ってるんだから、家ではこれくらいのワガママを聞いてもらうのは当然。」
と、お金の価値を盾にして、家の中での権力を争ったり。
もちろん、一生懸命、外でお仕事しているんですものね。
家の中でだらりと過ごしたり、家事を見逃してもらったり、したいですよね。
でも、この考え方だと、自ら、条件を課しているんですよね。
「お金を稼いできている、だから、家の中では偉い。」
では、病気でお仕事ができない自体になってしまったら?この旦那さんは無価値になってしまうのでしょうか?そうではありません。絶対に。
昇進や昇給はもちろんのこと、社内のチームビルディングにでさえ「競わせるルール」を用いていることもよく見受けられます。
・・・それでは、真のチームビルディングにはならないのですけどね。
○ 闘争を強いられている環境にいる
○ 闘争を強いて、場をマネージメントしようとしている
○ 闘争を仕掛けられて疲弊している
○ 闘争を自ら仕掛けて自分の存在意義を証明しようとしている
その場所ごとで自分の「闘争のエネルギー」の使い方が違うこともあるでしょうね。
会社では闘争を強いられているうちに、闘争を仕掛けられ、仕掛けることを覚え、、、と繰り返していたり、
家庭では、闘争を強いて子育てしていたり。
気づかない間に。
これだと、いつまだ経っても、心が安らぐことはないですよね、残念ながら。
自らの中に、闘争のエネルギーを溜め込んで、常に自分以外の人と勝ちか、負けかを判断し続けているのだから、当然とも言えます。
窓辺に置いている、グリーン。
植物は「言葉も発せず、健気な存在だ」なんて言いますが、
それぞれ、お日様に向かって一生懸命伸びていくわけですが、結構な戦いを繰り広げているようにも見えます。
「あなたがそっちにいくなら、私はこっちに伸びるわ!」
・・・という具合に。
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